<   2013年 03月 ( 10 )   > この月の画像一覧

御神体ですから(^^♪

東京の桜は見ごろが過ぎてしまったでしょうか。今年こそは桜を見に行くぞ!と気負っていたものの、肩透かし。
私が行く頃には、すっかり葉桜なんでしょう・・・。

もう東京桜を見たのは10年も前のこと。学生時代過ごした駒沢公園の夜桜を友人と二人しみじみ語り合いながら。
泥酔した大学生にナンパされたっけ(笑) 泥酔でもしないとナンパもされないんだな~と痛感した10年前・・・(^_^;)
そうそう、最近少しは落ち着いた?ハァハァしてる?の壇蜜ちゃん。彼女は私の後輩だったことが判明!
泥酔した大学生にナンパされた駒沢公園すぐそばにあったパイとアメリカ家庭料理のお店。ア〇〇〇〇ーズ(笑)
そこが私の学生時代のバイト先。オッパイが思いっきり強調されるユニホにハートのネームプレートにはMEGU!
あれはコスプレだな~と今では思うのだけど、壇蜜ちゃんも同じ駒沢公園店でバイトしていたって(^^♪ 親近感。

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最近はカメラもバッグに入ったきり。ひと月前に訪れた川崎大師。もうすっかり日も傾きかけていましたが、
古い友達が町田から駆けつけてくれるとの事、ブラブラしながら夕方の大師で過ごしました。
猿まわしも、もう帰り支度を終えていました。

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駆けつけてくれた友人と初めて出会ったのは23年前の糠平湖!お互いソロツーリングの途中で湖畔の野良猫が縁で。
その後、ずいぶんバイクでもつるんで、あちこち旅した仲でした。今では娘共々お世話になって。
私は友達の数は少ないけど、こうやって長~く付き合える友人がいて、彼らとの友情は本当に宝物です。



大師のまわりは、とってもカラフルです。なむだいしこんごうへんじょう。祖父が真言宗だったので、お葬式の時にこれを3回唱えさせられました。これだったのか!

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さっきまで参拝客でごった返していた仲見世も、シャッターが降りてとっても静かになりました。
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実は川崎大師へお参りの前に・・・すぐそばにある金山神社。

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御神体ですから(^^♪

4月の第一日曜日には「かなまら祭」があります、金山神社。私は川崎滞在最終日!
時間ぎりぎり、エリザベス神輿をホクレレ2にて配信出来るか!? 御神体キャンディを、お土産にゲット出来るか!
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by hokulele2 | 2013-03-29 00:00 | 産業遺産・古の建造物 | Trackback | Comments(10)

ひと月前の散歩道、その2☆古アパートと単車と

散歩のつづき(^^♪

もうたまりません!! こんな感じ、私が子供の頃のまま。古めのアパートの前には単車がつきものなのです。
太陽にほえろ!で聞き込みにまわるような物件、頭にカーラー寝間着姿の姐さんや、訳ありの中年男なんかが住んでます(笑)
私が幼き頃にキュンキュンしたのは、世良正則の若い頃やエレカシの宮本君みたいなオニイサンが、トントントントンと
外階段を下りてきて、単車に乗りこむ姿。窓にはだらしなくぶら下がったカーテンや洗濯物のピンチ。
オトコ臭さに萌えていた、早熟なめぐんこ少女でありましたヽ(^。^)ノ
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毎日見ていると気にもならないのですが、離れて暮らしてみるとこんな不思議な光景。
なぜか南国ちっくな植物がよく目に入ります。
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孟宗竹という言葉は、北海道に来てから知りました。竹はこれしかないものだと思っていたから。
北海道のタケノコは、始めてみた時ヤングコーンかと(笑) とっても貴重で美味しいのですけど。
ここは由緒あるお寺。子供の頃は、よく遠征に来てました。
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この木は大イチョウ。乳を出す木として大昔から女性があやかりにきたそうです。
奈良時代からあるお寺だなんて、まったく考えもしないでフツーに遊んでいました。
このニャンコも素早かった!一瞬カメラを下に向けた隙に、びゅーんっと走り去って行っちゃった!
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冬の夕刻、鼻の頭がチーンと冷たくなって来た頃、テンションも下がり始めた私たちは、どうする~?帰る~?なんて
膝を抱えて言い合った感じ、思い出します。たしか、きょう子ちゃんやカツエちゃんと。
二人とも同じ姓で背も高く、私だけがちんちくりんで、二人といるといつも引け目を感じていました(笑)
ちんちくりんな感じは、今も変わりません(-"-)
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アキラ君、忘れ物ですよ(^o^)丿
みんなとふざけ合っていて、つい足の骨を折ってしまったよね。アキラ君、運動会にも出れなくなって、私たちは反省文を書かされました。
ごめんね~。足も速くてカッコよかったのに。
アキラ君のお母さん、反省文を持って行った私たちにお菓子を配ってくれて。素敵なママだった!
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きっとそんな話は知らないよ~と母は言うでしょう。怒られたら嫌だから、内緒にしていたかも。
昔は、トラブルも子供と先生だけで済ませた事が多かったです。理不尽な事も、内緒のドキドキも、そんな中で覚えて行きました。
親が学校を先生を信用し、教師はその委ねられた責任を自覚し、PもTも見えない結束で子供たちを育んでいた、そんな時代の終わり頃。
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by hokulele2 | 2013-03-24 20:00 | 昭和ラブ | Trackback | Comments(6)

ひと月前の散歩道、その1☆丸ポチ坂

あれよかれよと時間は過ぎ、暦の上ではとっくに春らしいのだけど、路肩の雪の量を見ていると、このまま
ずっとが来ないのかと思い込んでしまいます。
気温が上がった日には、積んである雪の背丈が縮み、車道に出来た深い轍の水溜まりを見て、
あぁ少しは季節が進んでいる…と思ったのもつかの間、朝になれば夜中に降った雪がまたアスファルトを
たっぷり隠していたりくれちゃて、そうなるともう、このまま北海道はずっと冬なんだ・・・
なんて思ってしまったりするのです。

冬の始まり、降っては融け、また降っては融けてを繰り返し、気が付くと根雪になるのが普通のパターンなの

だけれど、この冬は初雪が遅く、その代り、いきなりの根雪で始まった記憶があります。たしか。
昨日のことだって忘れちゃうくらいのボケぶりだから、記憶は曖昧ですが。
では冬の終わりも突然にやって来るのでしょうか。春は心の準備もままならぬ私を、励ましにやって来てくれるでしょうか。

ちょうどひと月前、川崎の実家に帰省し近所を母と散歩してみました。普通の住宅街の中に、お寺や神社がたくさん
あります。そこへ辿る道、路地裏、竹やぶ、境内、そんな場所が子供の頃の遊び場のひとつでした。


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よく見るといいお顔ね、と母が言うので。失礼します、ぱちり。

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たぶん多摩丘陵の端っこ辺りになると思います。こんな坂、珍しくもありません。老いも若きも足腰強くなります。
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関東平野って言ったって川崎も横浜も都内も、こんな坂道のある町ですからね。一桁の積雪だって大騒ぎになるのです。
車はほとんど夏タイヤですし。

あと1週間で、3月も終わります。年度末です。やらなくてはならない事があり過ぎて、心の準備は後まわし。
4月になってから、羽を伸ばしたり、寂しくもなったりすればいいだけのこと。
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by hokulele2 | 2013-03-24 08:00 | お出かけ先で | Trackback | Comments(4)

浜川崎まで四半世紀

鶴見線、ここもローカル線って言っていいのでしょうか。休日となったら、本数も激減。もうそわそわ。
鉄旅って楽しいけど、この焦る感じはちょっと苦手。
海芝浦から浅野駅に戻り、ニャンコに挨拶して扇町方面の電車に乗りました。帰りは、浜川崎線で帰ろうと決めていたのです。
浜川崎線。南武線の尻手駅から浜川崎までの支線になるらしい。へぇ。
高校生の頃、クラスメイトが浜川崎線の時間を気にして帰宅する姿を見て、一体どんなところなんだ!と気にはなっていたのだけど、
気になったまま四半世紀(笑)とうとう、浜川崎線デビュー(^^♪

鶴見線の浜川崎駅。はまかわさき。はまかわさき。はまかわさき。支柱一本抜かしでしつこく駅名標。こんなもんですか?駅名標って。
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わ~(^o^) 地図記号形の工場だ♪
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鶴見線から浜川崎線に乗り換えるには、一度改札を出て、道路を渡り道向こうの駅舎に行かなきゃならないらしい。
自動アナウンスで「浜川崎線へお乗換えの場合はSuicaをピッしないで下さいね~」と言ってる!
あぶないあぶない。初めての人は間違えちゃうじゃん(-"-)
確か、鶴見駅では、京浜東北線を降りて一度ピッして、同じJRなのに鶴見線専用の改札でまたピッしたような。

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やっぱあれだね、ICカードは楽チンだけど、改札に駅員さんがハサミをチャキチャキ言わせながら立ってて
硬券をパチンと切り込んでくれる、それがいいんじゃない?分かりやすくて(笑)
懐かしいな~、私が何歳頃までそんなシステム残ってたかな。駅の売店では紙で出来たバッグが売ってて
中にはプラスチックの改札鋏、うそんこキップとか入ってて。こども銀行セットの鉄道版。今もあるなら欲しいかも。


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すぐ近くには産業道路と首都高横羽線。湾岸線が出来る前は、よくお世話になりました。
実は、このプチ鉄旅、前の晩に突然思いついて決行しのです。何度も何度も時刻検索して、シュミレーション。
朝イチで写真展を見に行ったけど、あまりにも膨大な量の写真の数で、予定は大幅に狂ってしまい
スマホの路線検索とにらめっこ。鉄旅は、時間に余裕を持って、いつでも変更ありの気構えで臨まなきゃ落ち着かないです。北海道じゃ、そうもいかないけど。



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浜川崎の駅から尻手に向かい南武線本線に乗り換えて、この旅終了!
でも、今回の帰省では、他にも撮ってるところあるのですけどね~(*^^)v 
一体、何しに川崎にいったのやら。ミッションは?

キャパの写真展では、すんごく興味のあったキャパの恋人相棒同志だったゲルダ・タローの写真をたくさん見ることが出来てとても嬉しかった。
崩れ落ちる兵士が、誰の撮った写真かなんてどうでもいいのです。タローの撮っていた写真は同時期のキャパの写真より奥深い物語があった!と、私は感じました。
そしてタローが没したあと、キャパの写真は明らかに変わっていった、と私は思います。
彼女が若くして命を落としたのは、とても残念。それからの写真も見たかったから。

戦争ジャーナリストは割に合わない仕事である。殺し合いの愚かしさを伝えるために我が身まで狂気にさらすのだから。
しかし、男でも女でも誰かがやらないと、情報戦のウソで塗られた戦場の真実は見えてこない。

これは以前にも書いたけど、ある日の天声人語の言葉。
シリアで亡くなられた戦争ジャーナリストの山本美香さんとタローを重ねて想ってしまうのは、きっと私だけじゃなかったでしょう。
記録が記憶になると言ったのは大道さん。誰が記憶に変えるのかというと、それはその写真を見た人。
写真の中に現れた、目では見えない物語を読み取る事が出来た時、その写真もイイ写真になるのでしょうね。
訴えるには、ただその事実をおもむろに拾うだけじゃだめなのかも。タローの写真をみて再確認したこと。
なーんて、生意気に(^_^;) 私にはそんな写真、一生かけても撮れましぇんけどね~。
でも確実に、写真を味わう力はついて来たかも。撮るより楽しかったりして。

タローの図録、買ってこなかったことを、すんごく後悔しています・・・。ショボン。
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by hokulele2 | 2013-03-20 05:00 | 鉄子への道 | Trackback | Comments(6)

海と東芝

今朝は家を出た時から、もやもや。気温が高くなったせいか霧が立ち込めていました。
JR車窓からの風景は、本当に幻想的。うっとりしていたら、アナウンス。濃霧の為、スピード落として走行中…。がっくし、まさかの今日も遅刻・・・。
東京ではもう桜が咲いているそうな。札幌は日中の暖かさはどこへ行ったのか、日が暮れると超さぶ。
朝の通勤時はいつも音楽を聴いてるか本を読んでいるのだけど、今日はラフマニノフを聴いてみました。
クラシックは詳しくないのだけれど、ラフマニノフはメロディアスで好きです。いつもの景色もまるで一編の映画を観ているように感じちゃいます♪ 
でも遅刻すると分かると、なんかムカついてきたので、気分を変えて平浩二のバスストップを聴きました(笑)
バス、間に合わないだろが~(>_<)


前記事で鶴見線の浅野駅の写真を載せながら川崎のことをつらつらと語ったけど、浅野駅は横浜市(^^♪
その日は、朝から横浜美術館でロバート・キャパ、ゲルダ・タローの写真展を観て、そして鶴見線の旅。
国道駅をうろついてから、浅野駅に降り立ち、そしていつかは行ってみたかった海芝浦駅まで足を延ばしたのでした。


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東芝へカメラを向けると守衛さんがすっ飛んでくるって聞いてたので、ビビってました(笑)



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海芝浦駅。海と東芝。これしかない駅。改札を出れば東芝。でも関係者以外立入禁止。
東芝に行かないのなら、ホームでうだうだするしかない駅なのです。もちろん改札は出ず、Suicaの改札機にKitacaでタッチ(*^^)v そのままホームに戻り、海見てぼーっ。
折り返しの電車が発車する前に、慌てて写真を撮りました。


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写真の左手には鶴見つばさ橋、ベイブリッジと続きます。想い出あり過ぎる・・・。
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海はどの海も好き。工場地帯も小名浜も小笠原の海も。特に太平洋。
海を嫌いにならないで欲しいな。




ラフマニノフはすごく哀愁漂う感じもするけど、ショパンと同じで聴きやすい。エリック・カルメンもラフマニノフ繋がり!
ランプ城のフジコママも、タイミング良くショパンの雨だれをかけてくれたもんだ。ラジカセ、ガチャコンって。
ますます艶っぽく麗しくなったママ、本当に跡を継ぎたかったわん!ヒッピーさん、フジコママって名前使ってくれてありがとう(^^♪ すんごく嬉しかったです。



 
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by hokulele2 | 2013-03-19 23:55 | 鉄子への道 | Trackback | Comments(6)

東京から来たのけ?川崎ですけどね(^^♪

「東京ですか?」 「いえ、川崎です。」 「川崎・・・ですかぁ。」

出身地が本州と分かると、だいたいこんな感じのやりとりになる。
川崎・・・ですか。 の先にイメージされているのは、工場・公害、最近は工場夜景とか。

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「あのね、私の子供の頃に過ごした川崎は、畑もあるし養豚場もあるし、タヌキも出るんだよ!」

そう、私はそんな長閑な土地で大きくなりました。でも川崎。
東京と横浜に挟まれ、形は東京都のひとまわり小さな感じ。横浜よりも利便性に優れていて、都心に近い。なのに、全国区となるといまひとつ知名度が低いみたい。
若い子に言ったら、それ何県ですか?だって(笑)
私も、川崎イコール工場公害って言われるのが嫌でした。実際、若い頃までは、東西を走る国鉄南武線に乗るのも苦手で。
住んでいるところはカントリーちっくでも、最寄駅は東急東横線。とにかく国鉄のあの油臭い電車に乗るのが苦手で、東急沿線の垢抜けた雰囲気ととかく比べたものでした。
JR川崎駅は、私が高校生になる頃までは、雰囲気も恐くて、あの雑多感、苦手だったなぁ。



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高校2年生でしょうか、川崎の駅前も大きな地下街が出来て、ホームレスのオジサマ方はどこかに追いやられ・・・。
私が学区外の高校に通ったことから、駅向こうの友人もたくさん出来、バイクや車で遊ぶことを覚えた頃には大師を越え、あの工場地帯をよく徘徊したものです。



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今考えてみれば、高度経済成長を支えた労働力が、まさにあそこにあったのです。なんて誇らしいのでしょう。
そして、人懐こく、人情深かった。粋のない下町。なんだか、私が今探し求めているものの大半が揃っている町なのかもしれません。
川崎市、多摩川と鶴見川に挟まれ、歴史に沿って栄えてきた町。タワーマンションがあちこちにニョキニョキ建っていても、ほんの少し行けば、肥やしの香り漂う、畑も緑もある。 
ラゾーナ川崎って、目ざましテレビで、よく出てるね♪ 大塚さんいなくなってから、朝見るテレビはどさんこワイドに変えたけど。
鉄も油も、タケノコもメロンもなんでもある町!サイコー、カワサキ(^^♪


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出身地というのは、生まれた土地をいうのでしょうか。それとも前居住地を言うのでしょうか。
生まれた土地というのなら、私の出身地は福島県いわき市。3歳のころ、川崎に越してしまったけれど、小学校の間は、春休み夏休み冬休みのほとんどを祖母の家で過ごしました。
小名浜という港町。休みに入って、祖母の家に行くと、近所のおばちゃんから、「あら、めぐちゃん来たのけ~?」と、休みが終わる頃になると「めぐちゃん、いつ東京に帰るのけ~?」
川崎って、東京じゃないよ~と説明するのも面倒くさく(笑)
「めぐんこ」って名前は、小名浜の従姉のお姉ちゃんがつけてくれた呼び名。小名浜には忘れられないたくさんの想い出がつまってるから、今もこの「めぐんこ♪」を愛用しています。
ちなみに北海道の前居住地は横浜。こちらもタヌキは出るし、ホタルも飛ぶ、マムシ注意の看板が近所に立てられていましたけど。

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単車に乗り始めた頃、実家から22kmで辿り着く浮島までよく走りました。今では首都高のジャンクションが出来ているけど、当時は館山や宮崎行のフェリーターミナルがあるだけでした。
川崎大師を越え、工場の灯りを走り抜け、夜の海や工場の夜景を眺めた事、何度あったでしょうか。
考えてみれば、そのほとんどが夜。この度の帰省で、ほんの少しでも昼間のアレンタウンを垣間見れたのは、嬉しかったな。

写真は鶴見線浅野駅。この駅は良かったなぁ。時間があれば、もっと駅から離れて歩いてみたかったけど、そうもいかなかった!
その先の、行きつくところまでプチ鉄旅したから(^^♪ 


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鶴見線は、ノラネコがたくさんいるので有名なのだと後から知りました。
今回の帰省で、たくさんのノラに出逢ったけど、彼らはホンモノの野良でした。ここの子たちは、まだ人懐こいほう。
町で出逢ったノラは、とにかく逃げ足が早く、昔ながらの野良猫。あれも、あれでイイもんだ(^^♪
ここの子達は人には慣れているものの、新参者には決して心を許してくれなかったのです。ムチャゴロウさん気取りの私も撃沈。やっとのことで撮った貴重な数枚を。
ニャロメ~(=^・^=)

あ、川崎って大都会ですよ~(笑)私が撮るのが、こーんな感じなところばかりだけど。川崎市民からクレーム来るかも(^_^;)
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by hokulele2 | 2013-03-14 00:00 | 鉄子への道 | Trackback | Comments(14)

西陽

朝起きて、トーストを1枚とコーヒーの朝食。眠りについたのは明け方だったので、ぼんやりしながら駅まで歩く。荒天運休の影響で私の乗ったJRは大混雑。
ぎりぎりで職場に着き、仕事を始める。昼休みは銀行と郵便局に出かける用事があったので、昼食は戻って来てから。窓のない、薬に囲まれた部屋でパソコンとにらめっこしながらサンドイッチをパクつく。同僚と他愛のない話をする。仕事が終わるとバスに駆け込み乗車。帰り道で買い物。思い荷物を抱えながら、雪の獣道と化した歩道を辿り、家に帰る。夕食をひとり食べ、娘の帰りを待つ。一緒にテレビを観て、ひと息ついた今。
まったくいつもと変わらない1日。
そんな今日、お母さん、お父さん、子供、爺ちゃんか婆ちゃんの命日という人が、きっとたくさんいるのでしょう。2年前のあの日から、当たり前の日常が、突然にして様変わりしてしまったという方たちが。


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週末からテレビでは震災の特集をいくつのも番組が取り上げられ、私もそれをどれを見ればいいのか分からず、チャンネルを変えながらも、見た。
娘のお友達が、最近ボランティアで被災地に行き、「これは実際に行かなきゃ分からない」と言ったそう。2年も経った今の言葉。
私は現地に行く事は出来なかったし、ただテレビを見て新聞を読んで、人の話を聞くだけしか出来ない。
コメンテーターの意見に流されたり、悲惨な光景に憂い、自分が子供の頃過ごしたいわきの港町に想いを馳せるだけ。なんの力もないオバサンは、何も意見しちゃいけないのか、ただ腫れ物に触るように、不幸に同情してればいいのだろうか。風化が進んでいるとは言うけれど、私達オバサンたちの井戸端会議でも、みな意見を持って話したりしている。子供たちや、その将来を案じて、オバサンながらに真剣に話したりしている。

日々の暮らしを全うするのに必死で、忘れてはならない事を忘れてしまいそうになる。そんなとき、声を上げてくれる人、気づかせてくれる人達にいて、そこから誰かへ、私に、同僚に、友達に、娘に。



あの2年前の事と復興を考える時、私はどうしても富良野や美瑛の丘を思い出す。
1926年の十勝岳の噴火、泥流災害、大変な苦労で開拓開墾した大地が一瞬にして死の海を化してしまった大災害。
泥流は山津波。家も人も畑も線路も押し流してしまった。無理な硫黄鉱山の操業もその原因と言われていることも、今回の震災原発被害が私には微かに重なる。
絶望的な状況の中、土地を諦め村を放棄しようという声も上がったが、当時の上富良野村長の吉田貞次郎は村を捨てずに復興を決意した。その後の苦労は、開拓と同じかそれ以上もものだったと思う。
そして今、カメラマンたちを魅了するあのうねりを持った美しい丘の景色となっている。

災害の規模も、被害も違ったものだけど、どうしても私は、あの震災と十勝岳の噴火を全く別のものとは考えられない。
北海道民はその開拓精神の血を受け継ぐ人たちなのだから、きっとこの震災、復興も他人事とは思わず、自分に置き換え、忘れることはないはずだと思う。




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達磨さん。私は子供の頃から動物が好きで、特に馬にすごく憧れていた。いつか乗れることが出来たのなら・・・(北海道と違って馬なんて、そう簡単に触れ合える環境ではなかった)と、片目に目を入れた。実際のところは、母の社員旅行で清里に行き、観光牧場で引き馬に乗る事が出来て、思ったより早く両目が入ったのだけど。
先月、娘の受験合格祈願に川崎大師で達磨をひとつ買った。片目に目を入れ、合格出来たら両目を。そして、この達磨も、無事に両目が入れられる日が来た。
願いを込めて目を入れ、転んでも立ち上がる達磨さん。何度でも立ち上がって欲しいです。東北も、日本も。



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西陽は、平穏の象徴。日暮を待つ。トーストから始まり、ブログを更新して眠りにつく。この穏やかな日常を送れることの幸せをかみしめ、辛い思いをなさった人々にも、暖かい西陽があたりますように。
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by hokulele2 | 2013-03-11 23:19 | 日常 | Trackback | Comments(6)

国道


ここは・・・
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国道に寄りそう・・・
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やきとり屋さんは・・・
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お休み中で・・・
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こんなプリティな抜け道もある・・・
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住民もいる・・・
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キップも買える・・・
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JR国道駅
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いつ乗るの? 今でしょ!!
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JR鶴見線 国道駅。とっても有名な駅です。写真はどれも国道駅構内。
歴史は昭和5年から。昔の写真と変わらない!第二次世界大戦の空襲、機銃掃射の弾丸の跡も残ってる!(見てくるの忘れた)
国道反対側には生麦魚河岸通りがあって、鶴見川まですぐそこ。
次の電車までの楽しい散歩の写真は、また・・・。


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by hokulele2 | 2013-03-07 06:30 | 鉄子への道 | Trackback | Comments(12)

妹のピアノ

川崎の方で、思い出ある昭和邸宅が間もなく取り壊されると聞いて、慌てて訪問してきました。



玄関には、可愛いお花が飾ってあります。ここを訪れる度にささやかなお花が私を迎えてくれるけど、いつも飾ってあるのかな。
それとも私が訪ねるために、飾っておいてくれているのかな。
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このお宅の、私のお気に入りの場所を何枚か記念に撮ってきました。
2階のベランダへは、一歩足を上げて出なくてはなりません。陽当たりがよくて、静かで、気持ちいい場所。
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この邸宅の、目玉です(^^♪ 大浴場の小さなタイル(笑) 三保の松原でしょうか。
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今では貴重な模様入りガラス。このお宅では何種類か見られます。
朝寝坊して、お日様がうんと高い位置にある頃、雨戸を開けるのが恥ずかしかったものです。
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番犬セバスチャン。番犬なのに、居間で徹子の部屋を観ています。この徹子、40歳!私より年下・・・。
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狭小庭の一番奥には山茶花の木。こんなに大きな木だったろうか。
10数年前、北海道へ引越す間際になって、飼っていたインコのピッピが亡くなり、こちらの木の元に埋めてもらいました。
と、思っていたら、埋めたのはこの手前の梅の木の元だったとか…、どっちだか分からなくなってしまった(-"-)
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母が毎日磨き上げていた床。裸足で歩いても、いつでも気持ち良く、これは働き者の母のお蔭。
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妹のピアノ。私はピアノを習わなかったし弾けないけれど、妹がポロンポロンと上手にこのピアノを弾くと、なんだか鼻が高かった。
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自慢の妹。
勉強も出来て、スポーツも出来る、歌は上手かどうかわかんないけど、可愛いし、パワフル!
もう何年も前の事、一緒に千歳のJALマラソンに出たことがありました。私と娘と妹と母と。
娘と私と母は3km、妹は10km。
学校のマラソン大会では、いっつも1等賞を獲って来た妹。この日は、マラソン大会初参加の母も頑張りました。
先にゴールしていた私たちの元へ、やっぱり素晴らしいタイムで戻って来てくれた妹。やっぱりスゲーって誇らしかったです。
11歳も年の離れた妹を、私が高校生の頃連れて歩くと、若いお母さんね~と言われたことも何回かあります。
ふたりでディズニーランドへ行った時のこと、たぶん妹は3歳くらい。私は高校生かな。妹を自分一人で喜ばせてあげたくて、一生懸命に盛り上げました。
なのに、お昼を食べたあとぐらいから「おうちに帰りたい・・・」と言われてしまった。無念!お姉ちゃんの力はここまでか~と、ションボリした記憶があります(笑)

そんな妹も、すっかり大人になって、誇らしいだけでなく、頼もしい!
私が妹に勝てることってあるかなぁ、熟女の色気ぐらいかな(笑) あとひとつ、絵心。絵は描けないって言ってるから
さりげなく、メモ用紙に私の自慢の絵を描いて、これ見よがしにちゃぶ台の上に置いてみた。
何故かキャンディキャンディ風の女の子の絵ヽ(^。^)ノ


間もなく昭和邸宅は取り壊され、新しい立派な邸宅へと生まれ変わります。
ピアノもアップライトから電子ピアノへ変わります。
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by hokulele2 | 2013-03-02 23:00 | 昭和ラブ | Trackback | Comments(12)

色土産

雪のないところへ、少しだけ滞在して来ました。
札幌に帰ってみたら、また雪が増えてる、 うちのマンション1階部分が埋もれそうです\(◎o◎)/!
雪景色は大好きだけれども、もうそろそろ勘弁して!

これから春に向けて、白から茶色・・・。色味を感じるまでにはまだしばらく時間がかかる北海道へ、色のついたお土産写真。


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観光地ではないけれど、いろんな顔を持つ面白い町。全部同じ町の写真です。また行きたいな。

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by hokulele2 | 2013-03-01 00:00 | お出かけ先で | Trackback | Comments(10)