喜びも悲しみも…幾年月

観てしまったのです。とうとうあの映画を…。


まだ先月の北紀行の続きです。
抜海駅から稚内駅に戻った後、うーんやっぱりあそこに行こうとバスに乗りました。
終点近くの空き地をパチリ。
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また今年も。今年はもう日暮れ間近で、水族館は閉館しています。
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長年灯台のある風景はいいなぁと思っていたけれど、こののっぽ灯台はちょっと雰囲気が違います。でも、なぜか好き。
日本で2番目に背の高い灯台です。初代は現レーダーサイトになっている丘の上に立っていました。
これは2代目。ここに立つときに、この高さをを出したようです。
最近見ちゃったのですよ、「喜びも悲しみも幾年月」灯台守のある家族のお話。昭和32年の映画です。
いやはやもう、私の興味はどこまでエスカレートしていくのでしょう。でも見てよかった(^^♪
初代の稚内灯台もロケ地になっていたそうですけど、どのシーンかは分かりませんでした。
灯台職員の家族は全国各地の灯台を転勤して暮らすのですね。僻地での暮らしを転々と、映画とは言えご苦労とドラマがあったに違いありません。
北海道では石狩灯台での暮らしが長く描かれていました。映画の最後は小樽の日和山灯台で終わります。
この映画は福島県塩屋崎灯台の職員の手記が元になって作られたものらしいです。
塩屋崎灯台は美空ひばりの「みだれ髪」という歌の舞台で、私の生まれ故郷の福島県いわきです。
あの灯台にも灯台守の方々のご苦労があったのだな…。北海道の積丹岬にある念仏トンネルは灯台守の家族が
崖の波打ち際を歩いていて波にさらわれた事から、土地の人や灯台守の方々が手掘りでトンネルを作ったと聞きました。そんなことも思い出した「喜びも悲しみも幾年月」です。
私、まだまだ知らない事だらけです。
でもカメラを向けるときにドラマを感じられるもの、またひとつ増えました(^^♪
特に北海道は、その道も橋も鉄路もさまざまな人たちの血と汗と命によって作られたものであるってことを忘れちゃならないなーと。
産業遺産、世界遺産、その前に、まずは地元の人間がその歴史を認識しないと。
外からの指摘に言い返すことが出来るほどの反論の真実の材料は揃っているのでしょうか?


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去年出逢ったのはうらら丸。とってもかわいいなぁと思って探してみたけれど見つからず。かわりにちはる丸。
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わらわらと夕陽目当ての人々が集まって来ました。
ノシャップカラーなのかな。これって。
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夕陽を見る人たちはイルカのオブジェのあるところに集まっています。私は灯台のそばで海を眺めています。
夕陽を眺めるなんて、ご無沙汰。どっぷり暮れたころに職場を出る日が続いていましたから。
コンクリートの段差に腰かけて足ぶらぶら、ボケーッと水平線を眺めます。徐々に私の周りにも人が集まって来ました。
車で勢いよく駆けつけてきた男性ひとり、波打ち際で水遊びし出すおばさん(可愛らしかった)、みんな思い思いで夕陽を待ちますが…黒い雲が出てきて残念でした。


冷えた身体を温めてくれたのは、鍋焼きうどん。この日2度目のこのお店。
何度目かな、このお店。私と同い年の45歳。毎回、初めて来たんですよーってフリして入るけど
結局自分からバラしちゃう。
必ずいらっしゃる常連さんの女性。無口でカウンターで1人。マスターに話しかけられるとひと言ふた事。
一度も会話を交わした事ないのだけれど、また彼女がいてくれたと思うとホッとしてしまう。
特にお気に入りのお店はなかなか写真とる気になれません。少し気恥ずかしくて。この写真も出てからコソッと。
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by hokulele2 | 2015-07-12 16:00 | 産業遺産・古の建造物 | Trackback | Comments(2)
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Commented by ベチ at 2015-07-12 21:06 x
会えたよー♪♪。
プランターと花壇の花を見て元気を確認して朝は願掛けでモーニングセット。それから駅で待てど現れず、気を取り直して昼は鍋焼きとホットミルク(20°Cなかったから定番だよねw)。午後から聞き込み開始w、一件めで「ああ二軒隣のばあちゃんだよ」・・って呆気なく。良かった、とっても喜んでもらえた。

十数年ぶりに公園に上がってみた。母方は樺太、泥川からの引上げで、晴れた日には近くて遠い古里を想っていたんだろうなと・・・、曇ってて何も見えない北を見つめるバカ息子ひとりw。

緑な歩道は綺麗に草を刈られ、つまんない路になってた。
メガネは持ち主に戻ったようです。 行ってよかったー。
Commented by hokulele2 at 2015-07-12 22:14
ベチさん
マダムにお会いできたんですね!良かった(^^♪
モーニングに鍋焼きって…私と同じ喫茶に行かれたんですかー?
だとしたら粋なマスターだったでしょう?もしかしてベチさんも初めてじゃないのかな。
稚内公園に上がったのですね!終戦記念日も近いですが、樺太からの引き揚げの方々はその後も戦争が続いたも同然でしたね。
たくさんの人が犠牲になって。また日本に戻られてからもご苦労されたと思います。
私も今回稚内公園に行くはずだったのですけど…
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